毛と社長

私は今、髪を伸ばしている。五年ぶりのことである。その経緯は、少しだけ複雑なので(人が髪を伸ばす理由に興味をもたれる方は少ないとも思うので)この場では割愛する。

伸ばし始めたのはいいが、りんごの収穫作業真っ最中にあって、伸びかけの髪は少々邪魔くさい。というかとても、うっとうしい。いっそ切って楽になってしまおうかなどと、血迷ったことが頭をよぎり、いやいや私はリズボン(海外ドラマ『メンタリスト』をご覧ください)になるんだと考え直し、いやでもやっぱりもう我慢ならぬ、と林檎をもぎながら頭の中は忙しない。

中学生の頃、もう我慢ならぬと断髪を決行した部位がある。眉毛である。当時、思春期真っ盛りの男女の目の敵にされていた、ぼさぼさ眉毛である。

それはもう、ばっさりといってやった。

わたしゃやってやったぜ、という高揚はしかし、長続きせず、え、切りすぎじゃね、と鏡に映る自分の顔面を見て、呆然とした。

切りすぎると、人にばれる。担任に呼び出され、部活の顧問に呼び出され、そして母に叱られた。なぜなら私は、生活委員長であり、バスケ部のキャプテンであり、自らの失態を姉のせいにしたからである。

一応、ご説明させていただくと、生活委員長とは、全生徒の模範となる身なりをし、模範となる元気で爽やかな挨拶を実践する者を指す。バスケ部のキャプテンとは、全部員の模範となる(以下同文)。そして、自らの失態を姉のせいにしたとは、正気を失った私の手によって刈られた眉毛に、それらしい理由付けをするため、まったく無関係の姉の手を巻き込んだ、ということである。

顧問に命じられ、部活前に一週間、悶々と外周を走らされた中学生の私は、今までにない風を感じていた。それは別に心の爽快感などではなく、物理的にである。

眉毛事件で私が学んだ教訓は二つある。人のせいにしないということ。そして、人の上に立つ立場にはならない、どうしてもという状況を除いて、二番手を絶対に譲らないということである。

なのに今、私は小さな会社の社長をしている。

私も一緒になってへらへら笑っているのをいいことに、「コワイシャチョウ」というイメージの定着を目論むフランス人のアルバイトに、あることないこと言いふらされている社長である。危ないからと気遣って、私があれこれ言っても、全く聞いてくれない、屁理屈が大好きで生意気な大学院生のアルバイトにやきもきする、駆け出し社長である。

社長とは何ぞやと、日々考える。

上ではなく、下にいて、みんなを押し上げるような社長がいても、いいんじゃないかと、今の私は、考えている。

※こちらのエッセイは2021年10月10日に陸奥新報に掲載されたエッセイを一部修正したものです。

Writer:永井温子(株式会社Ridun代表取締役)

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