【Introduction】

「ナンニモシナイ」をめぐり、色々な人たちのもとを訪れて話を伺う、『失われたナンニモシナイを求めて。』というこの企画。1回目の旅の行き先として訪れたのは、青森県五所川原市にある「法永寺」というお寺です。こちらでご住職をお勤めになっている小山田和正さんのお話を、2時間ほど、じっくり伺いました。「ナンニモシナイ」という言葉から、小山田さんとともに僕たちは、いったいどんな場所にたどり着いたのでしょうか。社会の時間から遠く離れて。長い旅の記録を、お楽しみいただければ幸いです。

第1話(2023/3/1)
第2話(2023/3/2)
第3話(2023/3/3)
第4話(2023/3/4)
第5話(2023/3/5)
第6話(2023/3/6)
第7話(2023/3/7)
第8話(2023/3/8)
第9話(2023/3/9)
第10話(2023/3/10)
第11話(2023/3/11)
第12話(2023/3/12)
第13話(2023/3/13)
第14話(2023/3/14)
第15話(2023/3/15)

【登場人物】

〈たずねた人たち〉
アツシ(高橋)
シャッチョ(永井)
ヨッシー(久米田)
リッチャン(佐々木)
ワーチャン(戸崎)

〈こたえてくれた人〉
オヤマダさん
(法永寺住職 小山田和正さん)

【第1話】

プロローグ:ぼくたちは「ナンニモシナイ」についてよくわかっていなかった。

オヤマダさん
みなさんそれぞれ「ナンニモシナイ」ってことに関してこう、一言持ってるんですか?

シャッチョ
そういえば持ってないかも(笑)

リッチャン
たしかに(笑)

ワーチャン
たぶん今日僕は「ナンニモシナイ」んだろうなあって。

オヤマダさん
うんうんうん。

ワーチャン
ここにいるだけ、みたいな。

オヤマダさん
ああ、今のこの時間ね。

ヨッシー
あぁー。

ワーチャン
お茶がおいしいとか思ったり。

一同
(笑)

オヤマダさん
久米田さんはなにか持ってないですか?

ヨッシー
うーん。

オヤマダさん
けっこう長いですよね。一年くらいやってますよね?

ヨッシー
一年になりますね。

オヤマダさん
つかめました?

ヨッシー
「ナンニモシナイ」ってことに対してですか?

オヤマダさん
うんうん。

ヨッシー
あー。そうですね、うーん。なにかをでも、してしまうっていう。

オヤマダさん
あー。なにもしないって言いつつ。

ヨッシー
はい、なんか。んー。何なんでしょう。

ワーチャン
燻製とかやりましたよね。

ヨッシー
そうね。なんかしてないと不安なのかな。

リッチャン
草木染めとかもしたよね。

シャッチョ
みんなで「ナンニモシナイ」をしようっていうふうにしてても、結局、なにかしてしまうっていうことが、よくあります。

オヤマダさん
あー。うんうん。そうっすよね、たしかに。

アツシ
そうなんですよね。

オヤマダさん
いや、むずかしいっすね(笑)

一同
(笑)

オヤマダさん
どっから、どこから切り込んでいくか、みたいな。


アツシ

その、先ほど、小山田さん、いまなにもしてないって。

オヤマダさん
あ、言ったね!

アツシ
そう、おっしゃっていて(笑) 永井の話を聞くと、ずっとなにかをされてるような印象をもっているって、しゃべってたんですよね。

オヤマダさん
うんうん。

アツシ
こう、外から見たら、なにかしているように見えるけど、小山田さんのその、中で見ると、なにもしてないような感じ、なんですか?

オヤマダさん
んなんだねー。そっか、言ったな、たしかに。

アツシ
言いましたよね(笑)

一同
(笑)

オヤマダさん
あーでも、それおもしろいですね。外から見たらなんかしてるように見えるけど、自分ではなにもしてないっていう。

アツシ
そのギャップが。ギャップというか、何なんでしょうね。こう、自然とそういう今の、自分ではなにもしてないなっていう感触に、なっていったんですか?

オヤマダさん
そー、ですね。今の、なんにもしてないっていうのは、2年くらい前までは、東日本大震災のチャリティをずっとやってたんですよ、すげえ一生懸命やってて。それが10年続けて終わって、その後はべつに、なにもしてないんですよ、っていうような意味もあるし。でも実際その、その後まあ、やめる前、9年目ぐらいにはもう、この今の、法人を立ち上げようっていうのは、もうすでに計画としてあって。だから、あのー。そこからひと続きではあるんですけど、さっきのなにもしてないって言ったのは、社会と関わろうとしてないっていう、感じなのかもしれないですね。

アツシ
ああー。社会と。

オヤマダさん
んーでもたしかに言ったなぁ。どういう意味で言ったんだっけ?って自分でもよく分かんなくなってる(笑)

アツシ
僕もこう、ナンニモシナイをする時って、社会と関わらないようにしている、というか。実際はどうかわからないですけど、社会から求められる役割だったり動きっていうのを、一旦、わきに置いて。んで、まあ、昼寝をするでもいいですし、本を読むでもいいですし、なんかこう、社会的なものとはちょっと一旦、距離を置く時間、っていう理解はあるんです、自分の中で「ナンニモシナイ」ってことについて。なのでさっき小山田さんがおっしゃっていたことはすごいよくわかる。よくわかるというか、社会から離れる、っていうところで、なにもしない、っていうのが、今自分ではしっくりきてる、ところではありますね。

オヤマダさん
うんうんうん。なるほど。

アツシ
はい。

オヤマダさん
そうっすよね。

アツシ
うーん。

***

【幕間 その1】

 お話を伺いながら、自分たちが「ナンニモシナイ」について明確な言葉を持っていないことに、僕たちは気づきました。唯一わかっていることと言ったら、「ナンニモシナイ」をしようとしても、何かをしてしまいたくなる、ということだけ。
 小山田さんは、「なにもしていない」と自分が言う時、そこには「社会と関わろうとしていない」という背景があるのだと言います。あぁ、なるほど、と思いました。「ナンニモシナイ」は、社会と距離を置くところから、始まるのかもしれません。

***

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