【Introduction】

さて、ひとつの旅を終えた僕たちは、最初のバス停に戻ってきました。
この手には、お寺でオヤマダさんから頂いた『社会の時間から遠く離れて。』が握られています。

次の旅までにはもう少し時間があるから、この「テクスト」をゆっくり読み返しながら、時間でも潰そうか。
読んでるうちに、誰か来るかもしれない。
もし誰か来たら、その人ともおしゃべりしよう。
お土産話をするところまでが、旅、ですから。

これは、Episode2まで待ち切れない「アツシ」こと僕が、いろんな人をつかまえて、暇つぶしにおしゃべりする「お話」。

【目次】

第1話(2023/3/16)

【登場人物】

アツシ

【第1話】

フィクション、待つこと、中動態

今回は、僕がひとりでべらべらとしゃべります。

最初は、そもそも「RINGO BASE」って、「RINGO BASE MAGAZINE」って、「失われたナンニモシナイを求めて」(以下「失われた」と表記します)ってなんなの?的なお話をしています。

次に、フィクション、について。「失われた」はインタビューという手法が軸の企画ですが、言い出しっぺの僕が「インタビュー」をどう考えているのか、というお話。ざっくりしたところを言うと、僕は「インタビュー」を「フィクション」を掘り起こす方法として考えています。

次に、待つこと、について。Episode1でオヤマダさんは「待つこと」について言及されていましたし、インタビュー終了後から今日の今日まで「待つ」ってムズイよね、みたいなことをRINGO BASEのみんなで話してみたりしました。「待つ」あるいは「聴く」ってちょームズイ、みたいな。そこらへんのお話をざっくばらんに。

最後に、中動態、について。「Episode1ここに極まる!」って感じの登場でしたね。第14話の「幕間その14」でも書きましたが「まさかここで中動態に出会うとは!」という個人的には胸熱な展開でした。

3月に入ってから、國分功一郎さんの『中動態の世界 意志と責任の考古学』という本を読み始めました。読むのは2回目で、1回目に読んだ時はわかったようなわかんないような、そんな感じのぱっとしない読後感だったのですが、今回はとてもおもしろく読んでいます。実は最近シャッチョ永井と「中動態って魅力的だけどちょっと危うい言葉でもあるよね」という話をしていました。國分さんもその著作の中で、そのようなことを書いていて、どうやら中動態は神秘化されがちだったということらしいのです。

なので、そこらへんの「中動態」という言葉の危うさ、でもやっぱり、今僕たちが必要としている言葉なのかもしれない、というお話をして、今回は終わりになります。

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意味わかんない話になりましたが、なに言ってんだコイツ、みたいな感じで楽しんでいただければ幸いです。
ポッドキャスト初心者なので、いろいろと音が入り込んでいたりしますが、ご愛嬌ということで。

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