リョウコさん
「ナンニモシナイ」っていうの、いいよの。
アツシ
いいですか。
リョウコさん
でも、難しいの。
アツシ
うん、そうなんです。
リョウコさん
たえずこう、あれやってこれやってとかってこう頭は動いてるでしょ? 体動かなくても。
アツシ
動いてます、うん、そう。
リョウコさん
せば、本当の意味の「ナンニモシナイ」でないよね。
アツシ
そうなんですよね(笑)
リョウコさん
頭も空っぽにならないと(笑)
アツシ
たぶん…。うん、そうなんすよね、「ナンニモシナイ」って聞くと、やっぱこう「頭まで 空っぽに」って思っちゃうんすよね。うん、それすごい難しくて。
リョウコさん
うん、難しいよの。
アツシ
空ぼーっと眺めてても、多分ぼーっと眺めてるから、頭でこう色々ああでもないこうでもない、「あいつなに言ってんの」みたいな感じでなんかイライラしてきたりとか(笑)
一同
(笑)
リョウコさん
お寺で坐禅組むのともまた違うんだべね。
アツシ
うん、そうですねぇ…。
リョウコさん
でも、空(くう)…。もうな、空っぽにしないばダメだって…。言うけど、難しいの。
アツシ
そう、だから…。
お坊さん、その前回お話聞いたお坊さんに「ナンニモシナイってなんですかね」って伺って。その方が直接言ってたわけじゃないんすけど、僕が受け取ったものとして、まあ…。
社会、社会っていうところで流れてる、時間とは、違う。そういう時間軸を持つっていうか。その方おっしゃってたのはそういう、こう、なんですかね。
リョウコさん
うん。
アツシ
一日一日をなんとかこう生活していかないといけない、お金をなんとか得て、家族を養ったりとか、生活を続けていかないといけないっていう、ところとは別に、青森の場合であれば、縄文時代から流れてる、もっと太いっていうんですかね。見えない、見えないけど、、すごい太い時間軸がある。
だから、この前聞いた石川地区の歴史って言うんですか。
リョウコさん
うんうん。
アツシ
ここらへんでは昔むかし、天皇家についた側と幕府についた側の争いがあってとか。その前にもなんかこう、山伏、とかの流れがあったりとかっていう、そういう、なんですかね。とても、見えない、大きい時間の軸っていうんですか、その、二つを持つといいんじゃないかっていうお話をされてたんです。
リョウコさん
うん。
アツシ
だからその…。
あかつきの会でしている料理の伝承っていうところも、 僕、勝手に考えて楽しくなってるんですけど、今、良子さんたちが書き残しているレシピって、もしかしたら、百年、二百年、三百年とか 、遡れたりするんじゃないかなってことをこう、考えてひとりで楽しくなってるんですよね。
リョウコさん
そういうのもあるんじゃないかと思う。
要するに、ここの土地で取れたものを食べれるように作るんだから、その頃から、あるものはやっぱり、食べたと思うね。その、作り方は、そんなに変わらないものもあると思う、ちゃんとした文献もないし、わからないけども。
アツシ
口伝えですもんね。
リョウコさん
んなんだよね。今もだから野菜でもどんどん新しい野菜で、改良されて新しいもの出てきてるし、カタカナの覚えられないような名前の野菜も出てきてるけども。ここではなるべくそういうのを使わないで、昔のまんまのそういう野菜で、やれる分やって。もう、その料理法も昔のまんまって、やって。
アツシ
うんうん。
リョウコさん
郷土料理っていうね、そういうこう料理が変化していくのは、誰でもみんなやってるし、新しい野菜を取り入れて作るのは簡単、なんだよな。でもその、本当のその古いままを残したいと思えば、 その辺きちっと芯が通ってないば、もうすぐ、崩れてしまう。
調味料も新しい調味料どんどん出てきて、手軽だしな。しょっとやってこうしゃしゃって混ぜればできるようなものって。
アツシ
そうですね。
リョウコさん
それ使ってしまえば、崩れる、と思うんだいな。やっぱりこうきちっとどっかで線を引いてやらないと。
それ、今の人たちそれ一応今のとこ守ってくれてるし、言えばついてきてくれてるはんで、ありがたいんだけど。
アツシ
うんうん。
リョウコさん
だから「それやったってどうだ」って、その「昔のものやったってどうだ」って言われれば…。
うん、まあ、どうって言うことないな、なんでもある時代だからそれなんでも食べていいんだし、それはそれでいいけど、やっぱりこう。
ずっと繋がってきたものをきちっとこう、どっかで、そんなに大きくこう広げなくてもいいから、ちょっとこう細々とでもいいし、好きな人だけでもいいから、それをこう、きちっと残したいっていう気持ちはある。
アツシ
なんかこう、特別な目的とかあるわけではないですもんね?
リョウコさん
えぇ、ないです。
アツシ
ないですよね。ただこう、連面と続いてきた、ものを…。
たぶん残したいっていうところでもないですよね、きっと。
リョウコさん
うん、うん。
アツシ
ただ自分たちの…。なんていうんですかね…。
リョウコさん
それこそ南部の話でないけども、ここの地域に伝わってきたものだから、やっぱりこうどっかで残して繋げていきたいっていう思い。
アツシ
うんうんうんうん。
リョウコさん
それでどうなるかっていうかそこまではわからないです。
例えば、おたく達の祝言の事業だってそうでしょ?
昔の祝言のしきたりで「やったはんでってどうなるんだ」って。「何事もない、今は今風にやればいい」って。それはそれでいいんだけども、なんていうんだかこう家から家に、繋がっていくっていう、地域の人がみんな集まって準備したり手伝ったりそういう、あったかみっていうのかな。
それ、どうにかこう残せればいいと思って。
アツシ
うんうん。
リョウコさん
やった結果、どのくらい残ったかなんだかわかんないけど、だから、人もいっぱい集めて、 昔はそうやったんだいね。あそこの家で祝言やるって「おめも来いおめも来い」ってみんな呼んでみんなでそうしてやったっていう。 そういう雰囲気をちょっと出したくて。
で、やっぱりこうやってみれば、やっぱり家と家との、まあ、本人同士が一番なんだけども。そういうあったかみ、これからそうしてやっていくんだって、ここの家の跡を継いで、 そしてやっていくんだっていうその覚悟させ、お嫁さんに覚悟させるっていうのかの(笑)
一同
へぇぇ…。
リョウコさん
そういうのはちょっとこう。今は、ないでしょ?
シャッチョ
んー…。
アツシ
覚悟か…。